体験記

上智に3つ合格したのに早稲田に落ちた話【中編】



早稲田の合格発表も約5日前に出そろい、合格を勝ち取った人もいれば、そうでない人もいると思います。

受験者層の中には、早稲田を第一志望にしていた人、国立を第一志望としている人、記念受験の人など、様々な人が居ると思います。

そんな様々な受験者層がいる中でも、一人一人違った感情が合格発表の日にはあると思います。

私も4年前の合格発表の日に、何とも言えない思いをしたうちの一人です。

今回は私のそんな4年前の話を書きたいと思います。

全編の記事は以下のものになるので、こちらを先に読むことをお勧めします。

【早稲田商学部試験当日】自信満々で迎えた受験日

私が出願していたのは早稲田の商学部、社会科学部の2つのみでした。

なぜ他にもっと受けなかったの?と思う方もいるかもしれませんが、理由としては「英作文があるところは受けない」と先に決めていたからです。

他の記事に書いていますが、私は現役時代は数学受験でしたが、数学は配点の高さやその科目の性質上「リスクが高い」と感じ、浪人して日本史を0から始めました。

0から始める教科がある分、「英作文の練習をするなら暗記に回したい」と考えたので、英作文がない学部に絞りました。

慶應を受けなかったのも、小論文があるから(理由は上と同じで、日本史に時間を回したかったから)です。

今思えば、(結果論ですが)日本史も他の教科も順調に偏差値は伸びていたので、小論対策をして慶應受けるのも良かったかなあと思ったりもします。

また、英作文がない早稲田教育学部に関しても受けるか迷いましたが、「商・経済・社会科学系」に行きたいという理由で受けませんでした。(これも今思えば、あまり拘る必要はなかったかなと思っています。)

話を戻します。

早稲田の商学部、社会科学部を受ける前の戦績としては、

【一般】

明治2つ(経営・商)
立教1つ(経済)
上智3つ(経済・法学部・社会学科)

【センター利用】

國學院(学部は確か経済)

でした。

前半記事に書いたように、センターは失敗したものの、一般の方は受けに行ったものは全て合格していたので、十分すぎるものでした。

また、上智の社会学科に関しては、偏差値が67,5(当時の河合が公表していたもの)でした。

それは第一志望である早稲田の商学部の65(同様に河合公表)よりも高かったので、「これはもう絶対受かる!」と思っていました。

よく受験生が「上智を合格したことによって油断し、早稲田で失敗する」というのを聞いたことがあったため、私は最後まで気を抜きませんでした。

日本史は徹底的に確認し、英語は毎日初見の文で長文演習をしていました。

そして迎えた、第一志望早稲田商学部の受験当日。

いつものように余裕をもって席に着き、確認作業をしていました。

正直これまでの偏差値的にも、戦績的にも「電車が止まったり、寝坊しない限りは受かる」と思っていた私ですが、ここで着席の時間ギリギリに入ってきた受験生が気になりました。

なぜなら、その受験生がずっと(15秒に1回くらい)鼻水をすすっているからです。

私はその時点で嫌な予感がしていました。

しかし、その受験生はちゃんと机の上にポケットティッシュを置いたので、私は安心しました。

が、その安心もつかの間でした。

問題用紙が配られてから、試験が始まるまでの時間(5分くらい沈黙の時間)もずっと、すすっている音がうるさいのです。

「試験が始まってからのためにティッシュを温存しているのか?」とか色々気になってしまいましたが、集中しようと自分に言い聞かせていました。

時間になり試験開始。

そこから1分後は地獄でした。

ティッシュは置いてあるも、その受験生は全然使いません。

私が神経質だからなのかはわかりませんが、「うるさい!」という感情が頭の中を支配してしまい、英文の内容がちっとも頭に入ってきませんでした。

5分後くらいにやっとティッシュを使うも、それからも低頻度でしか鼻をかまず、うるさい音を隣で響かせていました。(恐らく、私と席が近かった人は全員被害受けていたと思われる)

「うるさい」という感情と「ヤバい」という感情で気持ちは焦るばかりでした。

結果、いつものような手ごたえが全くないまま試験は終了。

私は英語を最も得点源としていた教科でしたし、あまりにもいつもと手ごたえが違うため、「落ちたな」とその時点で確信してしまいました。

その後その受験生は薬を飲みに行ったからか、若干ですが落ち着いていました。(私はその後の試験も相当イラついていて、全然落ち着けませんでしたが)

あっという間に試験は終了。

そして帰宅途中、悔しさと悲しさで死にたくなったのを覚えています。

毎日目指していた早稲田の商学部、それがこんなにもあっさり終わるなんて。

一年間の勉強漬けだった毎日を思い返してしまい、家に帰ってから浪人中初めて泣いたのを覚えています。

もちろん、うるさい音に敏感になってしまい集中できなかったのも私の実力の内かもしれません。

しかし、どうしても納得ができず、翌日に社会科学部の試験を控えているのにも関わらず、その日一日は死んだようにベッドで横になっていました。

勉強をする気にもなれませんでしたが、一年間毎日続けていた「寝る前の音読」だけ少しして、その日は眠りにつきました。

翌日の朝も鬱憤は晴れないまま試験会場に向かいました。

今になってみれば学部などあまり関係ないように思えますが、受験生の頃は何故か早稲田の「商学部」に以上に拘りをもっていました。

試験会場に到着してからも、その憧れの場所にはもう行けないという現実を考えてしまいました。

(何故だかわかりませんが、上智に受かった時は「これで安心して早稲田を受けれる」みたいなテンションだったのに、いざ第一志望に落ちると「第一志望行けないの死ぬほどつらい」となっていました笑)

そんなテンションで受けた社学に関しても結果は惨敗でした。

1日目の失敗を2日目にも引きずり、実力を出せた気はしませんでした。

客観的に見れば、「社学でも早稲田なんだからいいじゃん!1日目を引きずってもったいない!」と思うかもしれませんが、当時の私は第一志望であった商学部に落ちた(落ちた自覚を持った)時点で、今までの努力が実らなかった感覚に陥ってしまい、立ち直れませんでした笑

(もちろんベストで挑んでいれば確実に合格していた、という保証などはありませんが)「早稲田とは縁がなかったのかな…」と自分に言い聞かせるようしながら帰宅しました。

上智に3つ合格したのに早稲田に落ちた話【中編】

今回は受験終了までの自身の経験を書いていきました。

当時は相当落ち込みましたが、今となってはある意味いい思い出です。

浪人中のことについて、「センター前から受験終了」までを書きましたが、今後もしかしたら、「浪人初期のことや冬までの出来事」についても書くかもしれません。(といっても、毎日勉強していただけなので書くことあるかわかりませんが笑)

もし浪人のことや受験生活のことで、何か書いてほしいことがあればTwitterなどでお知らせしていただければ嬉しいです笑

次回【後編】は上智での生活(入学してみてどうだったか)について書こうと思います。



  • この記事を書いた人

Shinobu

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